公教育とサドベリー教育、生徒としての学びの違い

皆さんこんにちは、生徒です。
私は、小学校6年間を公立校、その後約3年間をサドベリースクールで過ごしてきました。
今回はその中で感じる、生徒としての学びの違いを書かせていただきます。

早速ですが一番大きいのは、学びに向き合う姿勢なのではないかと考えます。

公立校での私は、非常に受動的な態度で過ごしていました。
早く授業が終わらないか、楽に課題を終わらせる方法はないかと主体的でない姿勢で、
我ながら人間力を欠いていたと思います。

もちろん、その経験によって多くの学びを得たことも事実です。
しかし、国語算数理科社会、その他科目の点数がどれだけ良かろうとも、私自身が捻くれていたら
その学びを有意義に使うことも困難なので、この点悩ましく思います。

一方サドベリーではまず閑暇を経験し、あり余る時間の中で自分のやりたいことを考え、
思いつくものを手当たり次第に実行していきました。
初めは娯楽に浸るような過ごし方をしていましたが、だんだんと能動的に自分のやりたいことや
スクールの運営面などにも自ら活動していくようになり、今に至ります。

加えて精神面で変わったのは、自分と向き合う機会が増えたことです。
やりたいことを考えるのもそうですが、サドベリーでは必然的に、自分のことを考える機会が多くなる傾向にあります。
そのため自分と向き合い、知り、理解を深めることで得る気づきも増えました。

その分悩みや葛藤も増えたことは事実ですが、
自分のなすべき課題もわからぬまま、漠然と不安でいた過去より今の自分は幸福なのだと思います。
これらのことを通じて、自らが主体的に学んでいくという姿勢そのものが身についていっていると思います。

まとめると両者の学びの違いは、すなわち姿勢の違いです。

私個人の印象で言うならば、公立校は受動的に、サドベリースクールは能動的に学びを得ていく場であると感じます。

何が良いか悪いかではなく、自身の求めているものや、自身にあっているものとして、
教育を選ぶのが良いのではないでしょうか。

それぞれの違いと自身の特性を見極めることが、何を選択する上でも重要になってくるものでしょうから。


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