【スタッフ教育コラム】「今の学校に自分たちが合わせていくことは、無理ではないがベストではない」

「今の学校に自分たちが合わせていくことは、無理ではないがベストではない」
こちらは見学にいらした、ある親御さんの言葉です。

「合わせられる」ことと「ベストである」ことは違います。

多くの子どもたちは、今ある1つの教育、1つの学校という枠組みの中で日々を過ごしていますね。その中で、「楽しい!」という子もいるし、「合わない」「しんどい」という子もいれば、「不満というほどではないが、すごくいいとも言えない」と感じながらも、なんとか自分を合わせようと努力している子も少なくありません。
というか実はその子の方が、多数派ではないでしょうか。

1つのことに、10人中9人が「すごく合う!」というのは少し恐ろしいくらいです。ほとんどのことは、それにすごく合うのは1人か2人くらいで、他はグラデーションのように段々変わっていくものだからです。
バスケ部内であれば10人中9人が「バスケ好き!」というのはわかります。でもバスケ部以外も含めたら、水泳部や吹奏楽部が合う子もいれば、茶道部や美術部を選びたい子もいる。部活にはないバレエやピアノを頑張る子もいるし、別に部活動に興味がない子もいていいわけです。というか当たり前です。
でも現代社会は全員が1つの教育をしなければならず、合わらなければ不登校や変わっているといわれてしまう。

確かに、人は環境に適応する力を持っています。時間をかければ慣れることもあるでしょう。だからこそ、本当に合わないこと、つまり10点満点でいうと、すごく合う10から全く合わない0でいえば、0から3くらいのとても合わないことでなければ、「合わせることは無理ではない」と言えます。
しかし、それが「ベストか」と問われると、話は別です。現代の子どもたちは基本的に自分の目的や相性を考えて自分で教育を選んでいないので、教育とのマッチングは運任せとなっています。
しかし本来、成長や学びとは自分の内側から湧き上がり、駆動されるものです。それが好きや関心といったポジティブに見えるものもあれば、恐れや不安といったネガティブから出発するものもある。ただ共通しているのは、やはり自分の内面からスタートしているかどうかだと思うのです。



■外側に合わせ続けることで失われるもの
それにもかかわらず、あまりにも社会では1つの流れが大きすぎて、その大きさが見えなくなっています。

例えば、「6歳になったら小学校に入学する」というのもそうですね。
なんの疑いも持たない。でも考えてみたら、別に何歳で小学校に行ってもいいし、そもそも小学校のような教育でなくてもいいのに、何の疑いも疑問も持ちません。
なぜなら、あまりにその構造が大きいので、一人の人が見える範囲をはるかに超えているから。でも考えてみたら、人は機械ではないのですから、全ての人が、同じ場所で同じように機能するわけではありません。

そして、自分に合わない外側の枠に自分を合わせることばかりエネルギーを使い続けると、その大切な内発的な力が弱まってしまうことがあります。
お伝えしているように、どのようなものにも相性があり、”それ”にとっても合う10の人もいれば、全く合わない0の人もいる。そしてあることに10の人は、別のことでは0かもしれない。でも単一の構造ではそれに合わなければ、“ダメな人”“可哀そうな子”といった思考停止なレッテルを無意識に貼ってしまう。周りも、本人も。

そして「やりたいからやる」「やる必要に納得している」のではなく、「やる楽しさも意義も納得できないが、やらなければならないからやる」という状態が当たり前になると、学ぶことや成長すること自体の意味や楽しさが見えにくくなっていきます。

また、「他に合わせ続ける」経験が積み重なると、自分の感覚よりも周囲の評価や基準を優先する癖がつくこともあります。本当は違和感を覚えているのに、「みんながそうだから」と飲み込んでしまう。その積み重ねは、やがて「みんな」「周り」ばかり見て、「自分」という軸を見えにくくしてしまいます。自分がわからなくなり、自分探しを始める時期が大学生や20代の社会人で始まることが多いのは、高校生年齢まで固まった1つの枠にいて、大学や社会で自分で考えなければならなくなる変化の時期に重なります。


■環境を選ぶという視点
もちろん、社会の中で他者と関わる以上、ある程度の調整や歩み寄りは必要ですが、それは「自分を消してまで合わせること」とは本質的に異なります。大切なのは、自分の感覚や意思を持ちながら、環境との関係性を築いていくことではないでしょうか。

でももし今の環境に少なからず違和感があるのであれば、「どうすればもっと”らしく”いられるか」という視点で見直してみることも一つの選択だと思います。

経営コンサルタントの大前研一氏はその著書(※1)に中で、『人間が変わる方法は3つしかない。1つは時間配分を変える、2番目は住む場所を変える、3番目は付き合う人をかえる。(中略)もっとも無意味なのは「決意を新たにする」ことだ』と話しています。

子どもの教育に関してもそうですね。

時間であれば、子どもがどんなことに時間を使い、使わないのか配分を変えること。例えば子どもが自分を知ることや、楽しい子ども時代を送ることに時間を使おうと思ったら、その子がそれがしやすいところに行く方がいい。

住む場所とは、いつもいて影響を受ける場所と言えます。今なお日本の考え方の底流をなしている儒教、その教えを継承発展させたといわれる孟子(※2)の母親の有名なエピソードに、子を育てる最適な環境を探すために3たび住居を移したという故事に基づく孟母三遷というものがあります。このことが2300年以上も言い伝えられてきたということは、1つにそれほど環境は大事だということがあると思います。

また付き合う人は言うまでもないかもしれません。人は人に影響され、また影響を与えるもので、自分が本をよく読めば本好きな友を得、本好きな友を得れば自身も本好きになりやすい。悪口やずるをすればそういう人が周りに増え、そういう人といると自分も影響を受けやすくなるものです。

つまり、周りを変えることも、自分を変えることもできるのだから、大切にしたいことはその方向に変えていくといいと思います。そうした選択肢があることを知るだけでも、見える世界は変わってきますね。

子どもたちは本来、多様で、一人ひとり異なる可能性を持っています。その可能性が自然に発揮される環境は、すべての子が1つに「合わせること」を前提とする場所ではなく、すべての子の「違いが尊重される」場所です。そしてそれは、1つの場所では不可能で、現代の多数派教育も、サドベリー教育も、他の様々な教育も、全てが存在し、選べる必要があると思うのです。

「合わせられるかどうか」ではなく、「その環境がその子にとって最適かどうか」。

その問いを持つことが、子どもにとっても、大人にとっても、より豊かな選択につながっていくのだと考えています。

※1時間とムダの科学/大前研一・ほか著(プレジデント社)
※2新釈漢文大系4孟子/内野熊一郎(明治書院)

(スタッフ 杉山)

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