【スタッフ教育コラム】子どもの多様な知性を大切にしたい

多重知性理論というのをご存じでしょうか。
『Theory of multiple intelligences』といい、MI(エムアイ)理論と訳されることが多いこの理論。
提唱者はハーバード大学教育大学院の発達心理学者ハワード・ガードナー氏(2019年退官)。ガードナー氏の師匠は、同じく発達心理学者であり発達段階説で著名なエリク・エリクソン氏です。

人をあるカテゴリーに当てはめて、ステレオタイプ的に評価や決めつけることは危険ですが、ある考え方がその人を理解する手助けになる場合は慎重に扱えば役立ちます。

私はこのMI理論も、生徒のことを知る1つの手段として、主に下図の「認知能力」や「非認知能力」の部分で活用しています。



知性をどう活かすかは人次第

MI理論の活用の前に、東京サドベリースクール(TSS)とどう関連するのかをお伝えします。

私たちは、その人の一番土台となるのは、上記イラストのように、その人の「在り方・生き方」であると考えています。
その人がどのような在り方や生き方をしているのか次第で、「認知能力(例:特定の知識など)」と「非認知能力(例:主体性やコミュニケーション能力など」を使った結果が真逆になります。

科学の知識で多くの人の病気を治してあげることもできれば、逆に多くの人を殺傷する毒ガスをつくることもできてしまう。
コミュニケーション能力を使って他者と平和を築くこともできるが、人をだますこともできる。

このように、同じ能力もその人の土台である「在り方・生き方」が、「認知能力」「非認知能力」と掛け算されるのです。
そのため、その人の在り方や生き方が非常に重要だと考えています。

有名な経営者である故稲森和夫氏も、
「人生や仕事の結果は、考え方と熱意と能力の3つの要素の掛け算で決まる」
と説いています。
「能力と熱意はそれぞれ0点から100店まであるが、考え方はマイナス100点からプラス100店まである1)
と。

ハワード・ガードナー氏も自身のウェブサイトで以下のように答えています。
「DESCRIPTION(知性がどのように働くか)とPRESCRIPTION(知性をどのように使うか)を混同しないように注意してください。どのような知性も、善意を持って使うことも、悪意を持って使うこともできます。私の同僚と私は、「よい仕事人」「よい人間」「よい市民」の研究に20年を費やしてきました。しかし知性の使用は、その知性の性質や働きとは別の問題です。」

このように、MI理論は便利な道具ですが、それをどう使うかは人間側にかかっています。そしてそれはTSSも稲盛氏もガードナー氏も同じ非常に近しい考えだといえます。


8つの知性

「在り方・生き方」の詳細については別の機会に譲るとして、今回はこのMI理論についてご紹介したいと思います。

こちらは、人には主に8つの知性2)があり、それらを使い分けることで、個人の能力を開発しやすいとされています。
こちらもハワード・ガードナー氏のウェブサイトより、8つの知性それぞれの概要をご紹介します3)



空間的知性(SPATIAL)
大規模な空間(例:飛行機のパイロット、船乗り)、またはより局所的な空間(例:建築家、チェスプレイヤー)を概念化し、操作する知性。

身体運動的知性(BODILY-KINESTHETIC)
自分の身体全体、または身体の一部(手や口など)を使って問題を解決したり、作品を作ったりする知性(例:ダンサー)。

音楽的知性(MUSICAL)
リズム、音程、拍子、音色、旋律、音色に対する感受性。歌唱、楽器演奏、作曲(指揮者など)の知性を伴う場合もある。

言語学的知性(LINGUISTIC)
単語の意味、単語間の順序、単語の音、リズム、抑揚、言葉の拍(詩人など)に対する感受性(言語的知性と呼ばれることもある)。

論理数学的知性(LOGICAL-MATHEMATICAL)
行為や記号間の論理的関係を概念化する能力(例:数学者、科学者)。有名な心理学者ジャン・ピアジェは、自分が知能の範囲を研究していると信じていたが、実際には論理数学的知性を研究していた。

対人的知性(INTERPERSONAL)
他者と効果的に交流する能力。他者の気分、感情、気質、動機に対する感受性(例:ネゴシエーター)。(社会的知性と呼ばれることもある)。

内省的知性(INTRAPERSONAL)
自分自身の感情、目標、不安に対する感受性と、自分自身の特性に照らして計画を立て行動する能力。内省的知性は、特定の職業に特化したものではなく、むしろ複雑な現代社会で、自分自身のために結果的な決断を下さなければならない各個人の目標である。(自己知性と呼ばれることもある)。

博物的知性(NATURALIST)
自然界において、例えばある植物と別の植物、あるいはある雲の形と別の雲の形を区別する能力(分類学者など)。(自然的知性と呼ばれることもある)。

これらの特質を私たちスタッフが学ぶことで、
「この生徒はこういう言動をしていたり、こういう活動をしていたから、こういう力や特性もあるかもしれないぞ」
と、見ていたようで見えていなかった生徒や仲間の様々な面を、様々な角度から見ることがしやすくなります。
その結果、3つの面で役に立つ可能性があります。


MI理論が役に立つ3つの側面

①その人の生まれついての本性の一端を知ることができる
1つ目は、その人の生まれついての本性の一端を知る可能性が高まることです。
例えば、「言語的知性」が高い人は、物語や詩をつくることが他者より自然にできますし、話し合いの場で発言したりと言葉を扱うことに長けています。
また、「内省的知性」の傾向がある人は、自然と哲学的なことに興味を持ったり、自身の奥深くにグーっと潜り自分を発見したりします。
このように、いわゆる才能やギフトと呼ばれるような生まれついて自然にできることを知ることができます。人は「なぜかうまくできること、あるいはうまくできないこと」があるものです。
できないことを頑張る努力の大切さを否定するつもりはありませんが、より自分の強みを磨くためには様々なジャンルを知っておくと良いでしょう。

②自分に合う知性を使えば、物事を習得したり、上達しやすくなる

2つ目は、自分に合う知性を使えば、物事を習得したり、上達しやすくなるというものです。
例えば「空間的知性」に優位な人は、絵画や彫刻など、視覚的・立体的なものを創造することが得意ですが、興味のある分野の習得も本を読んで学ぶ(言語)より、映像(視覚)を使った方が格段に習得しやすかったりします。
私の妻は「空間的知性」が優位なタイプのようで、様々なことを映像で学ぶことが多いです。例えば興味のある画家などの本を読もうとしても、なぜかいつの間にか寝てしまうそうです。しかし映像で実際に絵を紹介されながら視聴すると、例えばゴッホの生涯や代表作など、ほとんど1度で覚えてしまいます。
このように、自身に合うやり方でできると、通る道(本を読むか、映像を観るか)が違っても、同じ結果かそれ以上のものが得られます。何よりも本人にとって苦痛なく、むしろ楽しくできさえするところが素晴らしいところです。

③他者を様々な角度から見ることができるようになる
3つ目は、例えばわたしたちスタッフが様々な角度から生徒を見ることができるようになることです。
子どもに対して大人が気になるものの1つにゲームがありますが、ゲームからその子の本質が見えてくることもたくさんあります。
だいたいゲームというのは強制されてやりません。ということは本人がやりたくてやっている。つまりそこに関心が自然と向いているのです。おもしろいもので、様々なゲームをしていても、その子ならではの興味の対象が定まっていきます。ご家庭のお子さんを見ているだけですと比較しづらいかもしれません。
しかし私たちはたくさんの子どもたちを見てきましたので、例えばゲームや遊びに関してもどんなゲームが好きかや、やらなくなったかをいくつか見ると、その共通点が見えてくることがあります。
例えば今回のMI理論に当てはめてみると、マインクラフトやスプラトゥーン、どうぶつのもりなどを好んでやっていれば「空間的知性ものが好きなのかな」、にゃんこ大戦争といったタワーディフェンス系やモノポリー、パズル系、オセロなどが好きであれば「論理数学ものかな」といった具合です。

このように生徒がしていること、していないことを一段深く掘り下げられると、それらに共通するものが見つかりやすくなります。その地下1階にはMI理論の指標では8つの部屋があり、地上にある(見えている)ものそれぞれがどの部屋につながっているのか整理しやすくなります。
そのためには、生徒をよく見ることが必要であり、また少しでも生徒をよく見えるようになるためにスタッフは、MI理論をはじめ様々なことを学ぶことが必要だと考えています。


しかし、現代で評価されるのは2つだけ

しかしながら、こちらもガードナー氏の言によれば、
「一般的な学校教育は、8つのうちおおむね2つしか評価しない」
とのこと。それは「言語的知性」「論理数学的知性」です。

主要5教科を考えるとわかります。初等中等教育(いわゆる小学校・中学校・高校)はいわずもなが、芸術大学や体育大学でもなければ大学入試も入試に必要なのは主要5教科に関連したものばかりです。
それら以外の音楽や芸術、体育、ましてや人生の幸福度に多大な影響を与える「対人的知性」や、自身の人生を組み立てるために必要な「内省的知性」などは18歳以下の学校教育では主要教科ではありませんし、そもそも教育に組み込まれてすらいなかったりします。

そのため高IQ者というのは、「言語的知性」「論理数学的知性」のスコアが高い人であり、「頭がいい」と言われるのはこのタイプのみとなっています。つまりIQは偏差値と同じく偏差、つまり偏った指標による差ということなのです。

しかし、人の知性は「言語的知性」「論理数学的知性」だけではありませんね。学校でのテストの点数が良くとも、社会でうまくやっていけるかや仕事ができるかは別問題だというのは、多くの大人も感じているところです。
逆に一般的な学校教育で成績が振るわなかった大人も、頭がいいと思える人はたくさんいます。
それは、大人の世界は他の知性も評価されやすくなるためなのです。

私は子どもの教育に関心が高いので、子どもそれぞれのタイプや良さを大切にしたいとずっと考えています。
一般的な学校教育では、メインが「言語的知性」「論理数学的知性」となっていますが、対人関係で機転の利く人を見ると私は非常に頭がいいと思います。しかしそれも「一般的な学校での頭の良さ」には当てはまらないようです。
なぜなら他の知性も含めた、また冒頭でお話しした在り方・生き方をとことん追求する環境ではありません。そういう目的の教育ではないからです。


全てのタイプを認めたい

私がアメリカのサドベリーバレースクールに感銘を受け、TSSをつくった理由の1つはここにあります。
様々な子どもたちが持つそれぞれの良さやタイプを大切にするにはどうしたらいいか。そのためには、学校で生徒がすることを全部『固定』をせず、またいくつかの『選択』肢の中から選べることでもなく、個人の活動を全く『自由』に行えるようにすればいい。
だからこそ、MI理論でいう8つ全てを大切にしてあげられるのです。

子ども自身に、自分の人生を自分らしく自分でつくれるようにしたい、させてあげたいのであれば、本当に自由な学校サドベリースクールを選べるとよいと考えています。
頭と心が固定もしくは他人の選択肢の中からしか選べないマインドセットに固まる前に。

子どもの素敵なところ、自然な姿は美しいものです。それらを大切にしていきたい。だからこその自由で民主的な学校、サドベリースクールなのです。そのために、スタッフは様々なことを学び、活用しています。

この度はMI理論をご紹介しましたが、皆様も様々な手法で、自分や子、周りの人の良さや素敵なところを見つけることを、楽しんでいただければ嬉しく思います。

(スタッフ 杉山)

1)稲森和夫OFFICIAL SITE「思想」より。
2) Intelligenceは知能・知性と訳されることが多いが、書籍「知性を磨く/田坂広志」氏の「知能」とは、答えの“ある”問いに対して時間をかけずに正しいとされる答えを導き出す能力を指す。それに対して「知性」とは、答えの“ない”問いの答えを探し続ける能力である。」から知性と表記した。
3) The Components of MI( https://www.multipleintelligencesoasis.org/the-components-of-mi)
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