【スタッフ教育コラム】 「自分の答え」をつくる経験を積み重ねよう!

1日3万5,000回の決断
私たちは毎日、数えきれないほどの決断を下しています。
その数は、意思決定の研究で著名なケンブリッジ大学のバーバラ・サハキアン教授(※1)の研究によると、1日に最大3万5,000回にも及ぶといわれているほど。


世界は「正解のないもの」で溢れている
「決める」ということは、自分にとって答えを導き出すことですが、しかし人生において「あらかじめ用意された正解」があるものはごくわずかです。
むしろ大事なことほど、答えは自分でつくっていくもので、その答え合わせも自分でしていくもの。
では、答えがないものには何があるのでしょう。
皆さんは何が思い浮かびますか?

「答えをつくる」必要があるもの
 ●個人の生き方: 仕事、健康法、結婚、収入の目標など
 ●家族のこと: 子どもの教育、親の介護、相続など
 ●社会のこと: 組織の方向性、地域の未来、環境問題、人類の行方など
そう、サイズはどうあれ、大事なことの多くに明確な正解はありません。答えは自分でつくり、その答え合わせも自分で行っていくものです。


避けては通れない「自分らしさ」という壁
ところで、私たちにとって一番身近なものは自分の人生ですが、
でもその自分の人生を自分らしく生きたいと願うとき、多くの場合「壁」にぶつかります。
それは、「自分らしさって何?」「自分とは誰?」「自分は何がしたいの?」といった壁です。
でも”自分”って正直、分からないものです。

『哲学の父』と呼ばれる古代ギリシャの哲学者ソクラテスさえも
「己の不知を自覚(※2)し、自らを育てよ」
と人生の標語にしていたほど、
「自分は分かっていなかった」と自覚(不知の自覚)して、自分を育てることを追求していたといいます。


それほど古代から現在まで「自分を知ること」は人生の至上命題だったといえます。
つまり自分を知ることは普遍的な価値といえるでしょう。
しかし現代において、以下の理由からそれはかつてないほど難しくなっているようです。


現代人が「自分」を見失いやすい理由
少し考えるだけでもすぐに次の理由が浮かびます。
皆さんは他にもどのような理由があると思いますか?

 ①激流のような変化:
 かつて数百年単位だった時代の変化が、今は数年単位、数ヶ月単位で起きています。
 ②多忙な日常: 常に仕事や勉強に追われ、自分の内側と対話する余裕が奪われています。
 ③与えられることが当たり前な環境: 今やあらゆるサービスが充実し、意識しなければ「自分の内面より外ばかり」に目がいく時代です。

東京サドベリースクールに入学して、多くは2年目の生徒もよく「やりたいことがわからない」と口にします。
しかし、これは「誰かに決められた人生ではなく、自分の人生を歩み始めた」証拠であり、一種の通過儀礼でもあります。
自分らしく人生を歩みたいのに、自分が何をしていきたいのかわからない。
それは泣き出すほどしんどいことだったりしますが、成長痛のようなもので、ある意味順調な流れです。
むしろ、20代の社会人になってから「自分は本当はなにをしたいのだろう・・」と動き出した私からすれば、10代や一桁の年齢でその状態になれるのは、ある種うらやましく感じるほどです。


「何をしたいかわからない」は、これまでの経験の結果
そこで「前からやってみたかったあれをやってみよう」「あの子がやっていること自分もやってみようかな」などと
様々なことを始める生徒たちがいる一方で、そのまま「何をしたいかわからない」と歩みだしづらい生徒もいます。
今まで周りの大人に決めてもらったり、指示され続けてきた子、周りの「いいね」にばかり目がいき自分の「いいな」を大切にしてこなかった子、社会の流れに乗るのみで自分で流れをつくってこなかった子に多いのですが、ただそれも無理もないことだと思います。

例えば今の学校制度では、物心ついたら「すべきこと」で埋めつくされていますし、現代は資本主義の中心にサービスが置かれ、与えられることが日常化しています。
それはそれで便利なのですが、よほど意識していなければ、それらはあまりに巨大すぎてその中に自分がいると自覚しづらいのです。
まるで今、地球に自分がいると自覚しにくいように。


答えは自分でつくるもの
そのような社会でも真に自由に生きたいのであれば、自分の人生を自分で決めていきたいなら、たくさんのことを自分で決める必要がありますし、
答えのないことに答えをつくること、答え合わせをすることが必要。そしてそれらは一生続きます。

であるならば、その経験を子ども時代からできるといいですね。
なぜなら子ども時代に自分で答えをつくらなかった子は、自分で答えをつくれない大人になりやすいからです。
逆に考えれば、自分で答えをつくる子どもは、自分で答えをつくれる大人になりやすいといえます。
サドベリーでちゃんと自分に向き合ってきた生徒は、大人や周りが与えた正解に従うのではなく、自分で考えた問いに、自分で答えをつくりだす経験をたくさんしています。


人には決める力が元々備わっている
「子どもは自分で決められない」と思いますか?
いえいえ、子どもは小さな頃から、公園で遊びたい遊具を自分で選べます。食べたいものも自分で選べます。付き合いたい友達も、休日に何をするかも、やりたいスポーツも自分で選べる。これらも万人に正解があるものではありませんね。
私たちは、自分で考えて決める力は、好奇心と同じように、人間に元々備わっているものだと考えています。ですからもちろん、それらは子どもにも同じように備わっていると考えています。

ただそれら子どもが決めた対象を、その大人の基準で承認できないだけで(算数はいいけどゲームはダメとか)、子どもは本当に色々なことを決めているものです。

しかし大人が先回りして、「大人が思う子どもにとっての正解」を与えすぎると、子どもは「自分で決める経験」を失い、まさに決めることができない
大人になってしまうかもしれません。周りの大人がしてあげれば、子どもは自分でしなくていいからです。

時々親子でスクールの説明会や見学会に来られて、スタッフが子どもに質問している時に、先に親御さんが答えてしまうことがあります。
そのように、いつも先に親御さんが答えていたら、当然子どもは答えなくなります。
そしてその親御さんのご相談が、「うちの子はあまり自分から動けないんです・・」というものだったりします。
自分を知ることは、とても難しいですね。


「放任」ではなく「任せる」
本校のスタッフは、あえて生徒個人の時間の使い方を決めません。子どもが自分の責任で自由に決める。
その決める権利と結果の責任を、あえて生徒自身が経験できるようにしているためです。

近年、「自由な学校」「子どもが決める経験ができる」といった教育や学校は増えてきましたが、東京サドベリースクールほど子ども時代に自由に伸び伸びと過ごせて、子どもも1票の権利で自分の学校のあらゆることを本当に決めることはできていません。
それができるのは、次の2つが完全に担保されているからです。

 ●あらゆることを本人が決め、自分で責任を取る経験ができる
 ●関わる大人が学校経営から自身の雇用にまで、すべて生徒にも議決権を与えている

だからこそサドベリーの生徒たちは、たくさん答えのないことに答えをつくる経験ができます。これは生徒を本当に信じて任せることができないとできません。
そしてこれは、決して放任ではありません。「あなたなら自分で決めていける」と信じて、心を寄せながらサポートするということです。
だからこそ、生徒は自分で決めていくことができていくようになるのです。


最後に:人生を決める力を伸ばすために
「自分の答えをつくる」作業は一生続きます。だからこそ、子ども時代からその経験を積み重ねることが大切であると考えています。
葛藤や失敗もあるでしょう。しかし、いえだからこそ、自分で決める自由を行使し、その結果に責任を持つ経験の連続が、確実に“人生を決める力”を育てます。そしてそれは、本人が育てるのが一番なのです。


生徒がそれを実感しやすいのは、18歳以降の大学や社会で働き出してからかもしれませんが、私たちはぜひ生徒の皆さんに、東京サドベリースクールという環境を存分に「使って」、自分の答えをつくる経験をたくさんしてもらえたらと願っています。

(※1)Professor Barbara Sahakian
(※2)哲学の誕生—ソクラテスとは何者か/納富信留

(スタッフ:杉山)


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自分の可能性を信じたいお子さんにお会いできること、楽しみにしています!
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